C12230


C12230


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西尾市歴史公園に隣接しているグランドの片隅にC12蒸気機関車が展示されている


胴体の側面には「昭和14・日車」と書かれています「日本車両」製でしょうか?
C12は昭和49年まで35年間働き続けたようです
重さは40t石炭や水を積み込むと50tにもなるようです




きれいに塗装されており手入れが行き届いています

何処かの町のヘリコプターとは雲泥の差です
ここまで美しく保存されているC12の老後は幸せです


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タンク式のC12はその後石炭車を備えたテンダー式のC56に発展する


(衣浦鉄道のミニSLのC−56)



蒸気機関車、重量感と暖かさそして安心感を感じます
蒸気機関車が走っていたころの日本が私はお気に入りです
貧しくても良い、夢と希望の持てる国にならないかな〜


 

 

('_')

 

 

 

 

 

 



蒸気機関車 C-56 ポニー


蒸気機関車


C-56 <ポニー>




「ポニー」の愛称をもつ小型テンダー機

C12型のテンダー機版としてC−56が誕生した。

小型で軽快な形態から機関車愛好家からは「ポニー」の愛称で親しまれてきた様です。


JTBパブリッシング 栄好の日本の蒸気機関車より転載

戦後は小海線で高原野菜の輸送を行っていたが昭和47年頃からは道路が整備されトラック輸送にとって変わられ、昭和49年までで使命は終わった様です。


JTBパブリッシング 栄好の日本の蒸気機関車より転載

全長13400mm、動輪径1400mm、機関車重量57,63t、最高時速75km/H

小さい頃蒸気機関車を近くの駅までよく見に行き、その大きさと美しさに感動した事を思い出す。

当時はD51が主流だったように記憶している。

蒸気機関車、今だとCO2問題でやり玉にあがるところです。

それにしても蒸気機関車を見ているとなんとなく落ち着くのはなぜだろう

中秋の名月



nakasamaが撮影した「中秋の名月」です

私も「中秋の名月」に月の写真の撮影に挑戦しましたがこのようには撮影できませんでした

双眼鏡とデジカメを組み合わせて撮影した様です。

身近にあるものを活用して撮影するnakasamaの職人気質に感動です。

素晴らしい写真なので勝手に紹介させていただきました。



衣浦鉄道


衣浦鉄道

秋晴れの青空のもと多くの家族連れがミニSLに乗って楽しんでいます。



出発前の点検、まるで本物の様です。



C-56走っている姿が美しい、

乗り物は動いているときが良いですね、

機能美というのでしょうか?

人は好きなことに打ち込んでいる姿が美しいです






忠実に再現されています

高級車が買えるお値段とか?



自ら価値を創造しそれを守り育てる。

自由人でなければできないことです。

私はこんな生き方の人たちに共感を覚えます。



こんなに小さな機関車で5〜6人を乗せて走るのは驚きです。



動力は蒸気です。

まさにスチーム ロコモーションです。



ミニSL


ミニSL

(衣浦鉄道倶楽部)


C56型蒸気機関車



C56型蒸気機関車は国鉄の前身の鉄道省が製造した軽量小型テンダー式蒸気機関車で機関車に炭水車が接続されている。



愛称はシゴロク、またはポニーと呼ばれていたようです。



高級車が1台買える値段とか・・・・・・・・



動輪は3つです。



4100型蒸気機関車


奥羽線の米沢〜福島間の勾配区間用として、ドイツ、マッファイ社で製造された蒸気機関車。




動輪が5つあります



動輪が5つある為荷重が分散され安定した走行ができるようです。



4100型蒸気機関車の運転席

この機関車は炭を燃料にして走るようです。




(4100型蒸気機関車の試運転中)

以上の写真はH21,09,20(日)刈谷市にある「フローラルガーデンよさみ」にて撮影



最終列車



最終列車






ブルートレインの名で親しまれていた寝台特急の「富士・はやぶさ」が13日午後6:00過ぎにJR東京駅を出発、半世紀に及ぶ東京と九州を結ぶ寝台特急の歴史にピリオドを打った、これでまたひとつ古き良き時代の乗り物が消えてしまった。

私はこの寝台特急を40年ほど前、沖縄を旅した時に利用した事がある、ベッドが三段になっており垂直の梯子を登ってベットに入ったことを記憶しています。

当時は西鹿児島まで運行されており名古屋からおよそ1日がかりで熊本経由で西鹿児島まで行った様に想う、朝目覚めて窓の外を眺めて、見慣れない風景に、とんでもなく遠くに来てしまったと心細くなった事を思い出しました。

現在は飛行機で行けば短時間で目的地に着いてしまうし情報もインターネットで簡単に手に入る、便利になった反面旅の感動も減少したような気がします。

最近は「青春18切符」というのが若者向けに販売されているようだが、若者よりも年配の人も多く利用しているようです。

最近の傾向としてはスピードを重視しより早くを求める傾向にあるが、船の旅とか在来線の電車を利用したりバスなどを利用してゆっくりと景色を眺め、周りの人々と触れ合いながらの旅がしたいものです。

旅はゆっくりと移動するという価値観も大事にしたいものだと「気ずかされた」お別れブルートレインだった気がします。

旅の原点は徒歩で移動するのこころだ〜



ミニ電気機関車


ミニ電気機関車 
 


JR貨物EF210形直流電気機関車


 



 


東武鉄道ED4010型電気機関車(ED4011)?


 



 



 



蒸気機関車 D51(デゴイチ)


蒸気機関車 

D51(デゴイチ)


蒲群市博物館の敷地内にD51と客車が展示されていました、
懐かしかったので写真に収めてきました。



(蒲群市博物館)

蒸気機関車D51201は昭和13年に現在のJRの前身の国有鉄道浜松工場で製造され、昭和48年までの35年間東海道線、中央線、高山線などで地球を60周する距離を走った車両の様です。
D51は長さが19,73m、幅2,8m、高さ3,98mで動輪の直径は1,4mで重さは約120tあり1,565馬力で最高時速85km/Hで走行していたようです。
ちなみに「D」は動輪が4個あるのでA,B,C,Dの4個目なので「D」というようです、同様にC11とかC62などは動輪が3個なので「C」というようです。
私が小さい頃住んでいた信越線では私が小学校か中学生の前半くらいで廃止され、ジーゼルエンジン車に変わったように記憶しています、
小学校の時などよく友達と見に行った事を思い出します。
小学校のとき汽車に乗って遠足に行ったおりトンネルに入ると窓から煙が入ってきて息苦しく早くトンネルから出てほしいと願っていた事を思い出します。
現在はCO2問題で石炭がもっともCO2の排出量が多いようでその点では蒸気機関車を廃止したのは正解だとおもいます、
しかしそれに変わる電車を動かす電気を生産する過程で火力発電の場合多くの石炭が使われているようで、CO2削減にはつながら無いようです。
蒸気機関車には現在の新幹線の様なスマートさは無いが、なんとなく人間くささがあって私は好きだ、
近いうちに京都にある「梅小路狂気機関車館」を見学に行ってみようと思っている。


2等座席緩急車 型式 オハフ33


(蒲群市博物館)

型式の「オ」「ハ」「フ」とは「オ」は客車の車両重量による区分で32.5トン以上37,5トン未満をいい、「ハ」は座席車、寝台車の区分で「ハ」は時代により呼び方が違うが3等座席車、2等座席車、普通車をさすようです、
そして「フ」はその他の区分で緩急車(車掌室付きの車両)よってこの時代の車両オハフ33 2424は2等座席緩急車となるようです。



(蒲群市博物館)

窓が上下に開閉できる、洗濯ばさみの様なつまみをつまんで開け閉めした事を思い出すします、
トンネルが近ずくとあわてて閉めトンネルを抜けると又開けてと、今思うとなんとも懐かしい光景でした、
夏などは冷房は天井にある扇風機だけで窓を閉めると暑くてたまらなかった事を思い出します。
鉄道の話は、鉄人間といって鉄道マニアの人が多く存在しあまり深入りすると訂正が入りそうなのでこの辺でやめておきます。

 


 



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