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南極観測船です

 

南極観測船です

 

 

初代:宗谷(1957年〜1962年)

海上保安庁が運航

基準排水量:3200t

 

二代目:ふじ(1965年〜1983年)

ここから海上自衛隊が運航している様です

基準排水量:5250t

 

5001

 

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三代目:初代しらせ(1983年〜2008年)

基準排水量:11,600t

 

5002

 

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四代目:二代目しらせ(2009年〜現在)

基準排水量:12,650t

 

5003

 

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搭載ヘリです

 

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昭和三十二(1957)年一月二十九日午後八時五十七分、南極観測隊の総勢三十四名未知の白い大陸に上陸を果たした。

日章旗が掲げられ、昭和基地と命名された。

(プロジェクトXリーダーたちの言葉より)

「とにかく、やってみなはれ。

やる前から諦める奴は、

一番詰まらん人間だ」

南極越冬隊長 西堀栄三郎の言葉

今から60年前のお話です

南極の氷の中に閉じ込められ身動きできなかった日本の砕氷船「宗谷」をソ連の砕氷船「オビ号」に救助された感動のお話は今でも鮮明に覚えています

夢と希望に満ちあふれ頑張れば夢が実現出来そうだと錯覚出来た古き良き時代の日本の出来事の一つでした

日本の職人気質とか長幼の序などという昔からあった日本の素晴らしい文化、価値観はどのあたりからボタンのかけ違いが始まったのでしょうか

 

西堀栄三郎さんは「とにかくやってみなはれ・・・・」以外にも多くの言葉を残しています

その中に「個性は変えられない。能力は変えられる」という言葉があります

”三つ子の魂百まで”という言葉もある様に個性はなかなか変えられないけれど考え方は一瞬で変えられます

考え方が変われば、生き方が変わる、生き方が変われば人生が変わるます

現役の頃よく営業研修で洗脳されました

何事もものは考えようですね

今日も楽しい一日になりそうな予感です

健康で元気に過ごさせて頂ける事に感謝です

 

20140706_1215393 2.jpg

 

 

 

('_')

 

南極観測船


4代 5003 新しらせ

2008年には建造が間に合わず2009年から運航されたようです
今ではほとんどニュースにはなりません
名古屋港のガーデンふ頭に寄港のおり見学に行きました
特に船に興味があるわけではないのですが何故か南極観測船には縁があるのです
理由を考えてみると搭載ヘリが目的だったのでは何て想います
4代の搭載ヘリは「川崎重工CH−101」です



(2010年に名古屋ガーデン埠頭にて撮影)

搭載ヘリのCHー101の写真を捜しましたが残念ながらどうも消去してしまったようで右下にかすかに見えるこの1枚だけです




3代 5002 しらせ

1983年から2008年(25年間)

日本の絶頂期からバブルが崩壊し経済も政治も変化の時代の始まりの激動の時代でした
南極観測もあまりニュースにはならなくなりました
2007年に衣浦港に寄港した折に見学に行きました
南極の氷を触ることが出来たのが良い思い出です

3代の搭載ヘリは「シコルスキーS−61A-1」です



(2007年に衣浦港にて撮影)

2代 5001 ふじ

1965年から1983年(18年間)
高度経済成長真っ只中で夢と希望に満ちあふれた日本の古き良き時代でした
まだこのころは出港や帰港の時などニュースが流されていました
現在は名古屋港のガーデンふ頭で一般公開されています
私も何度か子供と一緒に見学に行った記憶があります
2代の搭載ヘリも「シコルスキーS−61A−1」です



(名古屋港ガーデンふ頭にて撮影)

シコルスキーS−61A−1です今度機会があったら撮影に行ってみるつもりです




初代 宗谷

1956年から1965年(10年間)海上保安庁が運航支援
現在は東京のお台場にある船の博物館で一般公開されているようです
機会があったら一度見に行きたいななどと思っています
宗谷だけ自分の目で見ていません
 

「とにかく、やってみなはれ。
やる前から諦める奴は、
一番つまらん人間だ」

南極越冬隊長 西堀栄三郎の言葉です
こんな価値観があった時代です
貧しくも夢と希望のあった時代でした
南極観測船自分の人生と重ね合わせて見ると面白いです
南極観測が始まったのは私が10歳の時です
当時は今でいうと少々オーバーな表現をすると宇宙に行くのと近いぐらいの出来事だった様に記憶しています
初代宗谷の搭載ヘリは「ベル47型機」や「シコルスキーS58」などのレシプロエンジン機と言うところが良いですね〜



(搭載ヘリと同型機の「シコルスキーS58」1970年代に名古屋空港で撮影)

私は宗谷の時代が一番のお気に入りです
あなたもそうやろ?
そうや
しょうもない親爺ギャグでした

(^−^)


 

 

 



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