塩の日です

 

塩の日です

 

 

月日の過ぎるのは早いものです

今日はもう1月11日です

一月(いちげつ)往(い)ぬる 二月(にげつ)逃げる 三月(さんげつ)去るという慣用句もある通り1月から3月はあっという間に過ぎてしまう気がします

寒い寒いと言っていると気が付くと暑い暑いです

 

今日は塩の日の様です

塩の日の由来です

 

1569(永禄11)年、武田信玄と交戦中の上杉謙信が、武田方の領民が今川氏によって塩を絶たれていることを知り、この日、越後の塩を送ったとされている。

この話が、「敵に塩を送る」という言葉のもととなった。

(今日は何の日〜毎日が記念日〜より)

 

このお話美談として後世に語り継がれているようですが、実態は人の弱みに付け込んで一儲けしたという悪徳商人のお話だという人もいるようです

美談の裏に・・・世の中によくあるお話です

 

塩は人間が生きていくためには必要不可欠なものですが摂り過ぎると問題がある様です

 

何事も程々がよろしいようです

 

今日は塩にまつわるうんちくは無いのという声が聞こえてきます

 

塩が無いです

 

このオチは「生姜の日」に昨年から温めていたネタなのですが6月15日が「生姜の日」の為それまで生きているか分からないので今回使ってしまいました

 

最近はこんな冗談もブラックジョークになってしまいます

 

まだまだこんな冗談が言える心の余裕がある今の自分に感謝です

 

バカだね〜

 

 

 

 

 

感謝

 

 

 



歓喜の歌です

 

歓喜の歌です

 

 

今日は2018年の大晦日です

大晦日と言えば何故かこの曲ベートーベンの交響曲第9番の第四楽の「歓喜の歌」です

 

 

地上にただ一人だけでも心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ

 

星の彼方に必ず神は住みたもう

 

「心を分かち合う」なかなか素晴らしいフレーズです

 

私は神の存在に関しては否定的ですが最近は神様、仏様、キリスト様、奥様、女医様の様な目に見えない力がどこかで働いている様な気がすることがあります

 

地上にただ一人でも「心を分かち合える方」がおられる方は幸せです

 

私の様に自分自身にすら心を分かち合えない人間は神におすがりするしかないのでしょうか?

 

2018年のオチは「航空機は落ちない事が一番」です

空を飛ぶものは何時かは必ず落ちるものでその原因のほとんどは不明です

航空機はオチは無い方が良いようです

 

そして2018年のオチは・・・・・・

 

オチが見つからない時は”なんでやねん”です

 

なんでやねん

 

それでは皆様いいお年をお迎えください

 

「いい年こいて」バカな事ばかり言って”なんでやねん”(私の独り言です)

ちなみに「いい年こいて」とは「年不相応に言動が稚拙(ちせつ、幼稚で未熟)だったり服装が若作りだったりして不格好である様子をいう様です

 

来年も「いい年こいて」しょうもないブログを発信しようと想います

本年はお付き合いして頂きありがとうございました

来年も生きている限り発信しようと考えています

来年もよろしくお願い申し上げます

 

 

 

 

感謝

 

 

 

 

 



On topです

 

On topです

 

 

オントップとは「てっぺんに」とか「最上部に」とか「勝って」とか「優勢で」そして「さらに加えて」などの意味があるようです

英語は一つの言葉でも色々な意味が有るので難しいです

 

航空機の世界の専門用語では「オントップ」とは雲上飛行の事を言う様です

 

 

無題32.png

 

 

この写真は娘が帰省の為に乗ったANAの機内からスマホで撮影した画像の様です

娘の許可を得て掲載です

何気なく撮影した1枚の写真です

私は学生時代に山登りを楽しんだ時期がありました、信州の北アルプスの穂高岳や槍ヶ岳の3000m(約1万フィート)級の山々の山頂から見た雲海(うんかい)の”美しさ”や”感動”は今でも鮮明に覚えています

 

”美しさ”や”感動”や”想い出”はなかなか言葉や文章や画像では表現できにくい出来事の様な気がします

そしてお金では買う事出来ない出来事の様な気もします

 

今の世の中で生きていくためには最低限のお金は必要です

しかし必要以上のお金を無理して得る必要もない様な気がします

 

私の発想は「この世のお金はすべて自分のもの」只自分が自由に使えない、使わせて頂けないだけだという考えです

問題はいくらお金があっても自由に使えるお金がどれくらいあるかという事が重要の様な気がします

そして人生の最後はプラスマイナスゼロで終わるのが理想です

 

まさに無だ〜

 

貧乏人の負け惜しみですが、お金では「買えないものもある」、「お金以上に大切なものがある」、「お金では解決できない事もある」と想いたい今日この頃です

 

それは運かい?(雲海?)

 

もし紙(神)見放されたら自らの手でウン(運)を掴まなくてはなりません

 

 

 

なんでやねん

 

 

 

 

 

 

感謝

 

 

It's On top

 

 On-top seems to have meaning such as "top," "top," "win", "superior" and "more addition" English has difficulty as one word has various meanings

 

In the technical terms of aircraft world "on top" is like to say things about cloud flying

 

 

Untitled 32.png

 

 

 This picture is like an image taken by a smartphone from inside the ANA cabin on which my daughter got on for homecoming

 It is posted with permission of my daughter

It is one picture taken casually.

 

I had a time to enjoy mountain climbing in my school days, "Beauty" of the sea of ​​clouds (Yunaka) seen from the summit of 3000 m (about 10 thousand) mountains of Hodakatake and Shikigatake in Northern Alps in Shinshu, I still remember the impression still vividly

 

 I feel that "beauty", "emotion" and "remembrance" are quite difficult to express in words, sentences and images

And I also feel like an incident that money can not buy

 

The minimum amount of money is necessary to live in this world

However, I do not think we need to forcibly get more money than we need

 

 My idea is that "all the money of this world is my own" It is an idea that I can not use it freely, can not use it

I feel that it is important how much money you can use freely regardless of how much money the problem is

And the end of life is ideal to end with plus or minus zero

 

 Absolutely nothing ~

 

 I am sorrowful for the poor, but I'd like to think that I can not afford it with money, "I have more important things than money", "I can not solve with money" Today is around this time

 

Is it luck?  (sea of ​​clouds?)

 

 If paper (God) is released you must grab Un (luck) with your own hands

 

 

 

 why

 

 

 

 

 

 

Appreciation

 

 

 

 

 

 



北風と太陽です

 

北風と太陽です

 

 

イソップ物語の「北風と太陽」です

このお話は旅人の服を「北風」は強風で無理やり脱がせようとするが脱がすことが出来ず、「太陽」の方は暖かさで自然に服を脱がさせて勝利するというお話で「無理強い」するよりも「暖かく接する」方がよろしいという美談のお話の様です

 

しかしこのお話には前哨戦があったようで帽子をかぶった人をどちらが早く帽子を飛ばすことが出来るかを競い1回戦目は「北風」が勝利したようです

 

この勝負は結局は1勝1敗の引き分けに終わったようです

 

一昔前は童話の中に人間としての生き様の基本を教えるものが沢山あった様な気がします

しかし今の時代に童話を聞かせるとかえってバカにされてしまうご時世です

 

三英傑の生き様です

 

織田信長 「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」

思いどうりにならないものはすぐに殺してしまうまさに「北風」の様な性格の方の様です


豊臣秀吉「 鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」

不可能と思う事でも奇抜な発想でやり遂げてしまう性格でまさに「太陽」の様な方の様です


徳川家康「 鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」

そして家康様は時節に逆らわず好機が到来するまで待つ忍耐力のある方の様です

 

知に働けば角が立つ 情に掉させば流される 意地をとうせば窮屈だ

とかくこの世は住にくい

夏目漱石「草枕」の一節です

 

何事も「見ざる 言わざる 聞かず」がよろしいようです

「知らぬが仏」が長生きの秘訣の様な気がします

 

「毎日生きていることが魂の修行、無駄なことは何もない」斉藤一人さんの言葉です

 

今日の日本列島は「北風」が吹く寒い一日になりそうです

 

今日のお話のオチは「なんでやねん」です

大阪ではこの言葉がほとんどの場面でお話のオチになるようです

 

なんでやねん

 

 

 

 

 

感謝

 

 

 



無駄です

 

無駄です

 

 

無駄に関する諺、慣用句を検索してみました

「石に灸」(効き目のないことの例え)、

「犬に論語」(道理を説き聞かせても益のないことの例え)

「馬の耳に念仏」(何の効きめもない例え)

「捕らぬ狸の皮算用」(不確実な事柄に期待をかけて、それををもとにした計画をあれこれ考えること)

「下手な考え休むに似たり」(良い知恵も無いのにいくら考えても、時間が経つばかりで何の効果も無い)

「骨折り損のくたびれ儲け」(労力を費やしたのに効果がなく、疲れだけが残ること)

「焼け石に水」(焼け石に少しの水をかけても冷えないように、援助や努力がわずかで効果が上がらない例え)

「水の泡」(努力などが無駄になること)

「元の木阿弥」(いったん良い状態になったものが、再び元の状態に戻ってしまうこと)

以上は広辞苑より引用です

 

無駄な事でした

 

2018_12250009 400.jpg

 

最近よく考えます

私の人生のほとんどがお金にはならない無駄な努力の連続だった様な気がします

まさに当ブログなどは無駄の結晶の最たるものの様に想います

 

「人生には無駄な事などは一つもない」という事を言われる方がおられます

最近その考え方は間違っているのでは?と考える今日この頃です

 

此の世の出来事のほとんどは

 

「無だ〜」

 

なんでやねん

 

 

 

 

感謝

 

 

 



風呂の日です

 

風呂の日です

 

 

毎月26日は2(ふ)6(ろ)の語呂合わせで「風呂の日」の様です

風呂と言えば我々の世代では銭湯を思い浮かべます

 

貴方はもう忘れたかしら

赤い手拭マフラーにして

二人で行った横丁の風呂屋

神田川の歌詞の一部です

 

 

銭湯は現在はスーパー銭湯にその座を奪われてしまったようです

ちなみにスーパー銭湯とは「温泉を使っている」、「露天風呂がある」、「サウナがある」、「ジャグジー風呂がある」、「シャンプー、ソープが常備されている」、「食事が出来る」など普通の銭湯とは一線を画している様です

 

ちなみに普通の銭湯の入浴料金は全国で佐賀県の280円から神奈川県の450円までまちまちでだいたい350円から400円前後が相場の様です

この金額が高いと見るか妥当と見るか意見の分かれるところです

 

東海3県では愛知県と岐阜県が400円で三重県は380円の様です

 

一方スーパー銭湯の料金は600円から800円位が相場の様です

こちらも高いと見るか妥当と見るか価値観の違いです

 

最近は水道事業を民営化するというお話が話題になっています

日本では水(井戸水)と空気はただ同然で当たり前というのが定説でしたが、これからはガソリンの様に1リットル100円、200円の時代が来るかもしれません

 

風呂とか洗濯とかトイレの水と飲料水や食事に関する水とを区別して供給するという発想の転換が必要な気もしてきます

 

最も我が家では今でも飲料水はペットボトルに入った水を買って使っています

スーパー銭湯は「温泉水」を使用しているようですが早い話が「井戸水」を使用しているのですね

井戸水というより温泉と言った方が何となく有難味がある様な気がします

此の世の出来事の多くは錯覚です

 

私は冬場は月に数回スーパー銭湯を利用しています

今日も風呂の日という事でスーパー銭湯に行こうと想っています

 

私のお気に入りは電気風呂と炭酸水の風呂です

特に炭酸水の風呂は皮膚の表面に炭酸の泡が付着して何となく体内の毒素がにじみ出ている様な事を妄想しているととても心地いい至福の一時,至高の一時です

 

最近はこの様な些細な出来事に喜びを感じています

考える事には課金が発生しません

ものは考え様、生かさせて頂けるだけで感謝です

水臭いお話でした

 

 

 

 

 

 

感謝

 

 

 

 



”なんでやねん”です

 

”なんでやねん”です

 

 

大阪弁で”なんでやねん”とは「思うようにならない時や,後悔や憤怒を表現する時に用いる言葉」の様です

 

 

標準語に訳すと「なぜ」ではなく「なぜこうなってしまったんだ」というニュアンスで使われるようです

漫才やコントにおける突っ込みのフレーズでも「なんでやねん」という言葉がよく使われる様で標準語に訳すと「なんでだよ」とか「おかしいだろう」と言ったニュアンスで使われるようです

ロスアンゼルスの方言にすると「Oh my God」(オーマイガット)とかjesusu christ」(ジーザスクライス)などと似ている様な気がします

私の飛行機のインストラクターがよく私に対して使っていたような記憶があります

 

 

"Why?"

 

 

 In Osaka dialect, "why naan" is like "when you do not feel like, or when you express repentance or anger"

 

 

 

 It seems that it is used in the nuance of "why" instead of "why" if translated into a standard language

Even in the phrase of a thrashing in a comic or a comment seems to be used in the nuance saying "why yon" is often used, and translating it into a standard word is "why it is okay" or "it is funny"

 In Los Angeles dialect, I feel that it resembles "Oh my God" (Oh my god) or jesusu christ (Jesus Christ)

There is a memory that my airplane instructor often used for me

 

 

 

 Appreciation

 

 

 

感謝

 

 

 



オーハッピーデーです

 

オーハッピーデーです

 

 

今日はクリスマスイブの様です

 

 

私の今年一年はまさにOh my Godで

 

jesusu christ(ジーザスクライス)

なんてこったい!、冗談じゃないよ!

 

の1年でした

 

ちなみにJesusとはキリスト様の事を言う様です

ネイテブなお話でした

 

It's Oh Happy Day.

 

 

今日はクリスマスイブの様です

Today is Christmas Eve.

 

 

 

私の今年一年はまさにOh my Godで

My year is exactly Oh my God

 

jesusu christ(ジーザスクライスト) jesusu christ (Jesus Christ)

なんてこったい!

what the hell!

冗談じゃないよ! ,no kidding!

 

の1年でした

It was a year of

 

ちなみにJesusとはキリスト様の事を言う様です

By the way Jesus seems to say things about Christ

 

ネイテブなお話でした

It was a native story

 

 

 

 

 

 

感謝

Appreciation

 

 

 

 

 



迷走です

 

迷走です

 

 

瞑想ではないのという声が聞こえてきます

”めいそう”には「迷走」とか「瞑想」、「名僧」などに変換できます

 

ちなみに「迷走」とは「定まった道や予想された道を大きく外れて進むこと、あるいは物事の進むべき方向が定まらず結論がなかなか出ないこと」を言う様です

一方「瞑想」とは「心を静めて自身と向き合い今の自身の心がどう感じていか知る事」をいう様です

そして「名僧」とは「知徳の優れた僧、名高い僧」の事を言う様です

文章で書くとそれぞれの違いが分かりますが、言葉で聞くとその違いが分かりずらく、時々”なんでやねん”の世界になってしまいます

「瞑想」に似た言葉に「妄想」というのがあります

こちらも使い方を誤ると全く違ったお話になってしまいます

日本語は難しいと言われる所以です

 

最近言葉や文章で表現できる事は”な〜んだそんな事か”です、またお金で買える、あるいは解決できることはそれほど価値のあることではないのではと「妄想」する今日この頃です

私の価値観は言葉や文章では表現できにくい事、あるいはお金では買う事ができない事に価値があるという事です

貧乏人の負け惜しみですね

 

「美味しいものを美味しい」と、「美しいものを美しい」と「良いものは良い」と素直に感じられる心、そして「当たり前の事が当たり前ではないのだ」という感謝の気持ちが大切なのではないか?

などと「妄想」して遊んでいます

 

「瞑想」であろうが「妄想」であろうが「迷走」であろうが考える事は何を考えても自由ですが、それを他人に共感を求めたり、強要したりしては「それを言っちゃ〜お仕舞よ」の世界ですね

 

「自分の価値観を認めてほしければ他人の価値観も認めないとね」

数十年前のワスプのガールフレンドの言葉です

ちなみにワスプとは「ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント」の略で古き良き時代のアメリカのエリート層を指した言葉の様ですが最近ではあまり良くは言われていないようです

 

時代の変化や社会の変化で価値観は常に変化しますが、自分の中にため込んだ知識や経験や個性は変化する事も無く,盗まれる事も無く常に不変です

 

爺ちゃん「瞑想」がまた「迷走」し始め「妄想」に替わり始めてきよったで〜、この辺で辞めた方がよろしいのと違いまっか?

 

なんでやねん

 

 

 

 

 

感謝

 

 

 



輝け!お寺の掲示板大賞です

 

輝け!お寺の掲示板大賞です

 

 

いつものお寺の掲示板に掲示されていたお言葉です

人の目を気にして生きるのはナンセンスです

人は人、自分は自分です

人生色々です

 

2018_12200006 400.jpg

 

最近お寺の掲示板が静かなブームの様で「輝け!お寺の掲示板大賞」なるものまで出来たようです

 

主催するのは「公益財団法人仏教伝道協会」でお寺の掲示板の写真データをツイッターやインスタグラムに投稿し、その標語の内容やツイッターやインスタグラムの数によって入賞を決定するようです

私はツイッターとかインスタグラムとはどういうものか知りませんのでこの企画には参加できないのが辛いですが、当ブログで参加しようと想います

 

仏教伝道協会 大賞

 

ちなみに今年の仏教伝道協大会賞は岐阜県の願蓮寺に掲示板に掲示されていた「おまえも死ぬぞ 釈尊」の様です

インパクトのあるお言葉です

これを投稿した方のコメントは「生も死も同等にあること、特別なことで はなく当たり前の感覚として、自分に染 み込ませたいです。」という感想の様です

 

bdk_taisho_07.png

(仏教伝道協会ホームページより)

 

生きるという事と死ぬという事はまさに紙一重です

生きていても死んでいる様な方をよく見かけます

死んでも人の心の中で生き続けている方もおられます

死んでも何時までの人の心の中で生き続けている様な人間を目指したいものです

 

中外日報賞

 

大丈夫 生きていけるよ

東京都の正徳寺の掲示板に掲示されていたお言葉の様です

[講評]お寺の門の前を、さまざまな人が通ります。生きてゆくのが辛く、苦しい気持ちを抱えた人がこの言葉と出会ったら、「大丈夫だよ」と、背中を押された気持ちになり、前へ進む勇気が湧いてくる。

そんな言葉です。

(仏教伝道協会ホームページより)

 

bdk_taisho_25.png

(仏教伝道協会ホームページより)

 

ちょっとしたお言葉ですが確かに何となく勇気が湧いてくるお言葉です

 

大丈夫 大丈夫です

 

ここで辞めときなさいという声が聞こえてきます

それでは私らしくありません

ここでボケるのが大阪流の様です

そしてこの突っ込みの返事は”何でやねん”の様です

爺さんなかなか筋が良いね

何でやねん

ボケ老人がボケても面白くもおかしくもありませんね

 

 

 

 

 

感謝

 

 

 



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