傘マークです

 

傘マークです

 

 

長期予報によると今日から来週の金曜日までは毎日傘マークがついている予報です

 

じゃのめ傘です

最近ではほとんど見かけなくなりました

 

(インターネットより無断転載です)

 

今度の日曜日は浜松基地の航空祭で,明日はその予行が行われる予定でしたが両日ともに傘マークがついています

降水確率は明日は30%〜60%の様です

ちなみに降水確率とは、特定の地域で特定の時間内に1mm以上の雨または雪が降る確率の事を言う様で、雨または雪の降る量とは関係ないようです

現時点では明日の予行も明後日の本番も開催の予定の様です

アウトドアで自然を相手にする催しものは天気が大きく作用します

特に食べ物などを扱う商売の方は大変だと想われます

明日は奥様と予行を見に行く予定です

ブルーインパルスなどの飛行展示は期待できないかもしれませんが地上展示の航空機は撮影出来ると想います

浜松基地と言えば何と言ってもE-767(早期警戒管制機 AWACS)です

雨の中のE-767もミディアムレアで良いかもしれません

何はともあれ与えられた状況の中で最大限楽しんで来ようと想います

そして浜松と言えば浜松餃子です

明日の昼食は浜松餃子で決まりです

明日も楽しい一日になりそうな予感です

 

雨 雨 降れ 降れ かあさんが じゃのめでおむかえ うれしいな

 

引用も以下の6つの要件を満たせば問題がないようです

 

.著作物は「引用」して利用してもよい?6つの要件
^用する必要性があること
公表された著作物の引用であること
0用している方が主で、引用されている方が従の関係にあること
ぐ用している方と引用されている方が、明瞭に区別できること
グ用した著作物の出所を明示すること
γ作者の意に反する改変をしていないこと

(インターネットよりコピペ)
 

 

 

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登山の日、山の日です

 

登山の日、山の日です

 

 

今日は10月3日で10(と)3(さん)の数字の語呂合わせで「登山の日」の様です

この他にも「ドイツ統一の日」とか「交通戦争一日休戦の日」の様です

今一番の関心事は"統一"とか"休戦"という言葉です

今が一番の山場(やまば)の様です

ちなみに山場とは「物事で最も重要で緊迫した場面」の事をいう様です

 

 

私は信州の山国育ちです

学生時代はよく北アルプスや南アルプスや近郊の山々などをよく登山をしました

登山道の近くを流れる沢の水の美味しさや、山頂からの景色の素晴らしさ爽快感、そして苦労して山頂にたどり着いた時の達成感はまさに私の”心の故郷、人生の原点”です

最近は茶臼山や伊吹山、三ヶ根山など、車やロープウエーなどで山頂近くまで行き、登山の気分を味わっていますが若かりし頃の感動も達成感もあまり感じません

やはり登山は山道を苦労して登らないと登山とは言えませんね

若かりし頃「何故山に登るのか?」という愚問に「そこに山が有るからさ」という名言が有った様な記憶があります

最近はこの様な答えでは説明責任を果たしていないと野暮な事を言う御仁が増えてきました

説明できない事を説明することは出来ないのです

一昔前は「わかるだろ〜」とか「もっと大人になれよ」とか「野暮なことは言うなよ」などという一言で殆どの事が解決していました

良い意味の”忖度”そして”根回し”の世界でした

最近は野暮な人間が増えてきました

最も”粋な人間”とか”骨のある人間”、”義理人情にあつい人間”などという人種も価値観も無くなってきたので致し方がないですね

登山のお話がまた変な方向のお話になってきました

 

何故山に登るのか?

”そこに山があるからさ”

登山の素晴らしさを言葉や文章で表現することは非常に難しいですね

私は「言葉や文章では表現できない出来事」を大切にしたいと考えて生きてきました

最近それは間違いだという事に気ずきました

冗談です

最近は無責任な事を、言いたい放題です

現役の頃言いたい事をじっと我慢して生きてきた反動です

現役の頃に、言いたい放題、やりたい放題して生きてこられた方がうらやましい限りです

残り少ない人生”言いたい放題”の事をして生きて行きたいと想います

やりたい事は沢山ありますが諸般の事情で出来ないのが残念です

ブログで言いたい放題の事をしても目が疲れるだけでお金もいらず体力もいらないので助かります

その代り口ばっかりという批判は甘んじて受けなくてはいけません

老人は孤独を楽しまなくてはいけませんね

自由に生きる代償は”孤独”です

大衆の中での孤独は寂しいですが、一人で自分の世界に浸っているのは”究極の自由”ではないでしょうか

 

 

 

 

 

 

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10月です

 

10月です

 

 

月日の経つのは早いもので今年も残すところ3ヶ月です

毎月の月始めの書き出しは毎回同じです

そして「月が変わって ”ツキ”が変わる」事を毎月願っているのです

今月こそはX−2(先進技術実証機、心神)の撮影に成功するぞ〜

成功の秘訣は「懺悔と感謝」の気持ちの様です

心の底から”御免なさい”と”ありがとう”が言えるようになれば人間の完成の様です

まだまだ未熟です

 

 

どうでも良い事なのですが何故か自分で撮影しないと気が済まないのです

自分で自分の馬鹿さ加減に愛想を尽かしています

一番の敵は自分です

頭では”分かっちゃいるけど、やめられない”のです

世の中の多くの出来事は「頭では理解できるのですが、いざ実践となるとなかなか難しい」のです

奥様によく言われます

”口ばっかり”お互い様です

 

 

昨日は奥様とデンパークに行ってきました

大温室のフローラルプレースは秋バージョンに衣替えしていました

かぼちゃです

秋穫祭のイベントが行われていました

写真撮影は個人で楽しむ事はOKですがネットに掲載してはいけないようです

 

 

ネットには第三者の顔が写っているものは掲載できず辛い部分があります

最近では人の顔など不都合な部分は画像修正ソフトで簡単に消せたり、無いものを追加したりできるようです

一昔前のフイルム世代のアナログ人間には抵抗感のある行為です

これも時代の流れで致し方ありません

 

 

デンパークを見た後、三ヶ根山にアサギマダラが来ているか見に行ってきましたが、まだ少し早かったようです

まだフジバカマも咲いておらず、花の手入れをされている方にお聞きしたところ、日中の温度が25度以下にならないと飛来しないようで、観察できるのは10日頃ではないかとのことでした

 

 

そろそろ何時もの公園も、野鳥のシーズンになり、賑やかになる事でしょう

これからしばらくは、暑くもなく、寒くもない、一年でもっとも過ごしやすい、本格的なそれぞれの秋の到来です

 

 

 

 

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パソコン記念日です

 

パソコン記念日です

 

 

今日はパソコン記念日の様です

 

1979(昭和54)年のこの日、日本電気(NEC)がパーソナルコンピュータPC-8000シリーズを発売し、パソコンブームの火附け役となった。

(今日は何の日〜毎日が記念日〜よりコピペ)

 

 

この画像はPC−8000の画像です

インターネットより拝借です

当時の値段は販売希望小売価格は16万8000円だったようです

この当時は現在の様な家電量販店の様な店は無くほとんど値引きなどが無かった時代の16万円8000円という価格

は相当高い買い物で余程の収入がある人でなくては購入することが難しい時代だった様に記憶しています

今では私でも買える良い時代になりました

 

私は筋金入りのアナログ人間でパソコンを始めたのは今からちょうど10年前の60歳になってからのまさに「60の手習い」でした

当初は扱いが酷くてハードデスクが壊れたり、なんでもインストールしたり、メールなども来たものはすべて開いて、ウイリスに感染させだめにしたりで、パソコンを2台も壊してしまいました

現在使用しているパソコンは3台目で10年で3台は少し多過ぎる気がします

今でもパソコンについての知識は殆どありません

しかし今では過去の経験から何か指示が出ると、すべて”いいえ”、”後でインストールする”、”キャンセル”などを押し新しい事はすべて拒否です

そしてパソコンがトラブルを起こすと、すべて電源を強制終了して切り、再起動する事にしています

”何も知らない”そして”何もしない”という事がかえって良いのかもしれません

”知らぬが仏”で”怖いもの知らず”です

”便利なもの”は扱いが難しいものです

扱い方を間違えると大変な事になってしまいます

これからの時代は知識や経験の多さもさることながら、大量の情報を精査、分析をする能力が求められる時代になってきた様な気がします

最終的には、やはりパソコンという便利な道具を扱う人の”人間性”が問題ですね

私の基本姿勢は、まずは何事も疑って見るです

私は自分の目や耳や肌など自分の五感で感じた事以外は信じないという主義で、パソコンでは決して本当の事、個人情報などは発信しないというスタンスです

何事も程々で冗談がよろしいようです

そして常に、本物か?偽物か?を見分ける目を養い、違いの分かる人間を目指したいものです

まだまだ未熟です

人生一生修行です

 

 

 

 

合掌

 

 

 

 



印象派と写実主義です

 

印象派と写実主義です

 

 

印象派と写実主義の違いをインターネットで検索してみました

 

印象派風です

「印象派とは、対象物を見た時の印象を主観的に表した絵画のジャンルや手法」の様です

私は最近、目が良く見えず常にこの様にボケたように見えます

印象派の手法に当てはめるとまさにこの様なイメージに見えるのです

 

 

 

 

写実主義風です

「写実主義とは、対象物を出来るだけ正確に詳細に表した絵画のジャンルや手法」の様です

まさに現在の写真の世界が写実主義の典型の様です

兎に角鮮明にです

 

 

 

 

印象派と写実主義の違いは?

”違うだろ^ このハゲ”と言われそうです

最近は「行間を読む」とか「イメージをふくらます」などという様な印象派的な発想が少なくなり、何事も直接的な写実主義的な発想が良し、とする様な世の中の風潮です

同じ写真でもちょっと加工すると全く違った画像になります

最近はパソコンの普及で画像ソフトで簡単に画像処理ができてしまう時代で、今では「写真」とは言わず、「画像」と言う方が多くなってきた様に感じます

だんだんと古き良き時代の価値観が失われて行くのが寂しい限りです

北の若造や世間知らずの小娘に”違うだろ〜このハゲ〜”と言われる様では老人もなめられたものです

”老兵は静かに去れ このハゲ〜”ですね

本物を見分ける目を養いたいものです

 

 

 

 

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印象派です

 

印象派です

 

 

今日は奥様と岡崎市美術博物館に”ターナーからモネへ”という催しを見に行ってきました

 

 

私はどうも絵画などと言う高尚なものには縁遠いようです

印象派の絵の様です

私は印象派というよりは無党派と言った方が良いようです

私なりに印象派風に画像を加工して見ました

 

 

何となく人の精神性を表現している印象派風に見えませんか?

 

 

これって単にボケてるだけてるだけだろう このハゲ〜

私は印象派より、よりリアルにものを表現する写実派の方がお気に入りです

どうしても、このような自然に見える再現を重視した方に行ってしまいます

 

 

ちなみに印象派をインターネットで検索してみました

19世紀半ばにフランスで起こった芸術運動

対象の自然に見える再現を重視した伝統的な絵画の価値観を破壊し,対象を捉える輪郭船も固有色も否定し、筆触を意識的に残し、純粋に絵画独自の問題に焦点を当てて創作した

やがて、人の精神性を表現する事が中心命題となった20世紀の絵画の先駆的役割を果たした

(美術用語辞典よりコピペ)

 

何のことかさっぱりわかりません

分からないという事が分かっただけで収穫です

 

今日でお彼岸も終わりです

暑さ寒さも彼岸までこれからは一年で最も過ごしやすいそれぞれの秋の到来です

 

 

 

合掌

 

 

 



彼岸の中日です

 

彼岸の中日です

 

 

今日は「秋分の日」で彼岸の中日です

そして義姉邸で義母の「7回忌」と義父の「五十回忌」の「弔い上げ」の法事です

法事についてインターネットで検索してみました

 

法事とは、故人の冥福を祈り、霊を慰めるための行事です。

故人の供養の為に行われるもので、仏教用語で「追善供養(ツイゼンクヨウ)」といいます。

故人があの世で良い報いを受けられるように祈り、供養するものです。

最近では、法事と法要は同じ意味として使われている事も多いのですが、正確には「法事」とは法要を含むその後の食事の席など全体の事を言い、「法要」とは住職にお経をあげてもらうことをいいます

(葬儀ナビよりコピペ)

 

年忌法要には一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、二十二回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌と続き三十三回忌もしくは五十回忌で法事は終了するようでそれを「弔い上げ」という様です

年忌法要は満年数でされる様で7回忌は死後満6年という事になるようです

この地方では「年忌法要」の事を「年忌」と略していう様です

この地方に住み始めた当初「年忌」という言葉の意味が理解できず、仕事で、お客様は「法事」で都合が悪いと云われています、と報告すると上司が分かった「年忌だな」と言われ、いえ「法事」です、などという会話をして周囲で失笑を買った記憶があります

 

法要の後のお食事です

料理の写真を美味しそうに上手に撮影してブログに掲載される方を良く見かけます

私も挑戦してみました

お料理は撮影するものではなく美味しく頂くものですね

 

 

5年ぶりに親戚の子供達に会いましたが子供達の成長ぶりには驚きました

この様に親戚が一堂に会して故人をしのびぶ年忌法要はなかなか良いものです

そして主催された義姉ご一家に感謝です

 

 

 

 

 

 

合掌

 

 

 



彼岸花です

 

彼岸花です

 

 

最近は彼岸花も観賞用のものが植えられるようになり、黄色やピンク、白と言ったものも見かける様になってきましたが、彼岸花はやはり今まで見慣れたこの様な赤い彼岸花が馴染みます

 

 

 

 

最近ある方から、お前のブログは飛行機やヘリコプターの話ばかりで面白くないというお言葉を頂きます

有り難いお言葉です

確かに興味のない方には面白くも、おかしくもない様で不評の様です

どの様なブログを書けば受けるかという事も承知していますが、別に金儲けでやっている訳ではないのであえて自己主張をしている次第です

この世の中でお一人でも共感して頂ける方がおられればうれしい事です

彼岸花も個性の強い花で人によって好き嫌いの激しい花の様です

個性を尊重するという事は大変な事です

日本人にはアメリカ的な自由というものは理解できにくいようです

自分の存在を認めてほしければ相手の存在も認めないとね

アメリカの女性友達の口癖でした

簡単な事で、頭では理解できるのですが、いざ実践となるとなかなか難しい事なのです

農耕民族の日本人にはなかなかアメリカ的な自由な個人主義の社会は馴染まない国民性かもしれませんね

 

話が突然飛躍します

北のロケッタマン

一国の君主でありながら、国民を犠牲にして、己の欲望を満たす為ロケットを飛ばしたり核実験をし、世界を恐怖に陥れたる所業、まさに言語道断、藩侯より厳しき沙汰があると覚悟いたせ

ハハハ〜

ところで安倍ちゃんこんな時期に解散総選挙はいかがなものかな?

ま〜、よいよい国民の信を問うのもまたよかろう

ハハハハハ

最近テレビの水戸黄門の様な御仁が現れないかと心待ちにしているのですが、いませんね〜

 

今の日本は、言いたい放題、やりたい放題で生かさせて頂けているだけで、”ま〜いいか”です

こんな素晴らしい国、日本を自らの手で守らなくてはいけません

一昔前の日本は今の北朝鮮程ひどくはなかったようですが同じ様な国だった様です

平和ボケした若者達よ立ち上がれ

 

自由とは与えられるものではなくWin(勝ち取る)ものだ

大事な事なので太字にして見ました

 

 

合掌

 

 

 



彼岸です

 

彼岸です

 

 

今日は彼岸の入りの様です

暑さ寒さも彼岸までと言われます

朝晩はすっかりと涼しくなり秋の気配を感じる今日この頃です

今日は奥様と高浜市の稗田(ひえだ)川の土手に咲く彼岸花を見に行ってきました

土手一面に黄色や赤や白,ピンクの彼岸花が咲き誇っていました

ここの彼岸花は観賞用の様で地域の住人の方々のボランティアで植えられた様で、普段見かける赤色の彼岸花より花の大きさが大きく、形も違って今迄馴染んでいた彼岸花のイメージからすこし違って見えます

 

 

昨日はこの地方で彼岸花の名所と言われている半田市の新美南吉記念館の近くの矢勝川の土手に咲く彼岸花を見に行ってきましたがまだ少し早かったようで蕾の状態でした

23日の彼岸の中日あたりが見頃かもしれません

こちらの彼岸花の方は普段見慣れた赤い花の正統派の様です

それにしても美しいものを美しく撮影するのは簡単な事の様ですが非常に難しいです

美しいものは自分の目の網膜に焼き付け心の中に保存するのが一番です

最近頭の回線がつながったのではとよく言われます

やっと人様と同じような人並みの事が言える様になってきました

そろそろお迎えが近くなってきたのでしょうか

最近はこの様な事を言うと「どこか悪いとこでもあるの」と誰も冗談と想っていただけないところが辛いところです

 

今日から23日まではお盆という事で冗談は顔だけにしてシリアスなお話にしようと想っています

 

 

 

 

 

合掌

 

 

 



宇宙の日です

 

宇宙の日です

 

 

1992年は、世界中が協力して宇宙や地球環境について考えようという国際宇宙年(ISY)でした。

日本においても、この国際宇宙年をきっかけに末永く宇宙の普及活動を行おうと考え、一般の方々から「宇宙の日」にふさわしい日を公募しました。

その結果、1992年、毛利衛宇宙飛行士がスペースシャトルで初めて宇宙へ飛び立った日、「9月12日」が選ばれました

(宇宙の日 ホームページよりコピペ)

 

 

平成19年に毛利さんの講演会を聞きに行った記憶があります

「日本人で最初に公式に宇宙に行ったのは私だ」と強調していたのが印象的でした

何となく人間味があって好感が持てました

本当は日本で最初に宇宙に行った方は1990年12月2日に旧ソ連の宇宙船ソユーズ11号で宇宙に行った民間人のジャーナリストの方なのです

現在では完全にその方は無視されています

確かに宇宙飛行士になった日は毛利さんの方が早かったようですが実際に日本人が始めて宇宙に行った日が「宇宙の日」というなら12月2日の方が話の筋としては通っている様な気がしますが、ま〜世間ではよくあるお話で”ま〜いい”かです

この世の出来事の多くは錯覚、錯誤です

 

宇宙のお話です

宇宙はとても広いのです

言葉や文章では上手く表現できない程の広さの様です

東京ドーム何個分などというレベルのお話ではではなさそうです

 

 

私たちが暮らす対流圏は地表と成層圏までのおよそ11km程のわずかな空間で暮らしている様です

11kmの高さとはどれくらいかというと富士山の高さが3776mでおよそ4km弱、エベレストの標高は8848mで約9km弱の様です

旅客機が飛行できる高度は約33、000ftで約10kmで、宇宙的感覚でいうとまさに文章や数値では表現できにくい薄さのところで生活している様です

 

 

この船は地球深部探査船「ちきゅう」で海底の地中を調査できる距離はわずか数百m位の様です

ちなみに地球の半径は6380kmで地球の内部の事はほとんど解明されていない様です

 

 

宇宙や地下のお話をするとこの世の出来事がいかに小さいかが分かります

人の一生も宇宙的感覚からすればほんの一瞬です

某国の三代目御坊ちゃま君も宇宙的視野は無理としても、せめて地球的視野に立って物事を考えたらいかがでしょうか

何事も命あっての物種、地球があっての物種です

今のままだと某国は亡国になってしまいますよ

アメリカがやるといった時は某国の国民を一瞬で「皆殺し」にする考えのようですよ

その事は日本ですでに半世紀以上前に実証済みです

アメリカという国はそういう国です

何とか最悪の事態だけは避けたいものです

宇宙のお話が変なお話になってしまいました老人のお話は無責任でいい加減で悲観的でいけません

まだまだ未熟です

人生一生修行です

 

 

 

 

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