シリーズ 機械遺産 第16号 <無停止杼換式豊田自動織機>


機械遺産









トヨタテクノミュージアム「産業技術記念館」のエントランスロビーから繊維機械館の入口を入るとすぐに機械遺産の<無停止杼換式自動織機>が展示されています。

これが

杼(ひ)は、織物を織るときの道具で,緯糸(よこいと)を巻いて収めた平らな舟型の器で、経糸(たていと)の間に緯糸を通すのに使われる,シャトルとも言われるようです。

実演 

この実演は初期の手動式の織機でタテ糸が交互に上下に動きその間を杼(ひ)が横糸を通して布を織る,この作業を機械で初めて行ったのが機械遺産に認定された「無停止杼換式自動織機」のようです。


(産業技術記念館の案内板)

産業技術記念館は1994年6月にトヨタグループ13社が「研究と創造の精神」と「モノづくり」の大切さ、素晴らしさを知ってもらうために造られたようだ、記念館には繊維機械館と自動車館があります。

産業技術記念館の場所は名古屋駅から車で10分位のところで名鉄の栄生駅からは数分の場所にあり駐車場も完備しています。



シリーズ 機械遺産 第12号 <230型 233号タンク式蒸気機関車>


シリーズ 機械遺産






国産で最初にSLを製造したのは官鉄の神戸工場で860型が製造されたが、民間の車両メーカーが最初に量産型のSLを製造したのは汽車製造会社で「230型蒸気機関車」を1901年(明治36年)から8年間で41両制作された、

創業当時は鉄資源がわずかで鉄道に必要なレールや車両に必要な資材は,ほとんどを輸入に頼らなければならなかったようです。

「230型蒸気機関車」は主に東北、関西地域で使用され一部は入れ替えようとして戦後まで使用されたようで、2007年に最初の国産民間メーカーが制作したSLとして「230型タンク式蒸気機関車」が「機械遺産」に認定された、現在は大阪市のJR大阪環状線弁天町駅高架下の交通科学博物館で保存されているようです。

SLの生産は1901年から1951年までの50年間で「D51」や「C62」など2600両余りが製造された、蒸気機関車が製造された期間はわずか50年の命だったが存在感のある機械で歴代の蒸気機関車全てが「機械遺産」として後世まで伝えたい遺産だと思います。

私が蒸気機関車が現役で走っている姿を最後に見たのは中学生の頃ではなかったかと記憶している、今から50年近く前の話しだ、蒸気機関車をはじめ、昔はあったが現在はもう無くなってしまったものが沢山ある。

「機械遺産」「未来技術遺産」「近代化産業遺産」などなど後世に技術文化遺産を伝えるため多くの団体が2007年を境に発足したことは良きことかも知れない。



機械遺産&未来技術遺産


機械、未来遺産


機械遺産認定証 
 &未来技術遺産

機械遺産」とは日本機械学会が2007年に創立110年を記念してその記念事業のい一環として歴史に残る機械技術関連の遺産を大切に保存し、文化遺産として次世代に伝えることを目的に、日本国内の機械技術面で歴史的意義のある「機械遺産」を認定するようだ。

2007年には「麦わら帽子製造用環縫ミシン」や「高周波発電機」「旅客機YS−11」など25件が認定され2008年は仙台市の「三居沢発電所関係機器・資料郡」や岩手県花巻市の「機械式通信機器群」など6件が認定され31件が認定されているようで今後も順次継続されるようです。

またこれとは別に同じような登録制度が今話題の独立行政法人の「国立科学博物館」が2008年より{次代に継承すべき日本の科学技術遺産を登録する「重要科学技術資料(通称 未来技術遺産)」}と言う登録制度を新設して第一回目は「国産初のロケットH−2 7号機」や「依佐美送信所送信装置一式」など23件が登録されたようです,

依佐美送信所記念館などでは「機械遺産認定証」と「未来技術遺産の登録証」が並べて展示されている.今後もこのようなケースが増えてくるかもしれないですね。

このほかにも経済産業省が「近代化産業遺産」が2007年よりスタートしたようでまさに「世界遺産」ブームから始まり「産業、技術遺産」ブームのオンパレードだ、2007年,2008年という年は団塊世代の定年退職の始まる年と一致しているのは多分偶然だろう・・・・



シリーズ 機械遺産 第15号 <麦わら帽子製造用環縫ミシン>



機械遺産



(許可を得て撮影させていただきました)

ブラザー コミュ二ケ―ション スペース

ブラザー コミュ二ケ―ション スペースは、人々とブラザーをつなぐ交流の場です。
情報通信機器を主力製品として世界市場で挑戦を続ける私たちの事を、もっと深く知っていただきたいと思います。
ガラス越しに緑と光が注がれる建物の中には、ブラザーを見る、ブラザーに触れる、ブラザーと対話する・・・・。
そんな時間がゆっくりと流れ、ご来館いただいた方を おもてなしします
。(ブラザー パンフレットよりコピペ)




ブラザー コミュ二ケ―ションプラザの中に「機械遺産 第15号」「麦わら帽子製造用環縫ミシン」が展示されている。

小さい頃から「麦わら帽子」がどんな機械でどのようにしてできるのか興味があったがそんな折、「機械遺産」という認定制度が日本機械学会という団体の110周年の記念事業として2007年よりスタートした、その中の一つにブラザーの「昭三式環縫ミシン」が入っていたので早速名古屋まで見学に行ってきた。


「昭三式環縫ミシン」



(許可を得て撮影させていただきました)

麦わら帽子はこのミシンで円形に縫い、縫い終わったものを蒸気式

のプレスでプレスして完成する、
 蒸気式のプレス機もブラザーが制作したもののようだです

「ブラザー」という会社名の由来が兄弟で会社を興したというところか来ている様だ、もう一つ感激したことは「長男」と「四男」のコンビというところだ、長男は納得するが「四男」はたいていの場合は「はばにされる」のが世の常なのだが・・・・・イッツ ジョークです。

ちなみに私は四男坊です。

「麦わら帽子」ができるまでを理解することができ、ありがとうがざいました。

最近のブラザーはミシンだけでなく情報通信機器など最先端の製品も手掛けているようです。



シリーズ 機械遺産 第13号 <旅客機YS−11>


シリーズ 機械遺産 第13号

 <旅客機 YS−11>





戦後初の国産旅客機、1963年8月30日初飛行その後182機製造され世界にも13カ国に輸出された、現在国内では航空自衛隊の美保基地で人員輸送機としてYSー11P3機が運航されているだけだ。

戦後GHQの飛行禁止により航空機の製造は勿論のこと研究や教育さえも禁止されたが7年間のブランクを乗り越え、零戦の設計者堀越二郎や隼の太田稔,飛燕の土井武夫など戦前の戦闘機を設計した設計者により戦後初の国産旅客機の開発が再開された。

「絵心はあるか。

飛行機は面白いんだ、

のびのびやりなさい」

YS−11開発リーダー土井武夫の言葉です、

NHKのプロジェクトXでもYSー11の制作秘話が紹介された。



シリーズ 機械遺産 第10号 <高周波発電機>


機械遺産




高周波発電機は、基本周波数と大出力を発生させる長波送信設備の心臓部で、主直流電動機により駆動される、第2次世界大戦の真珠湾攻撃命令「ニイタカヤマ ノボレ」はこの無線施設から発信されたようだ。

今日は土曜日ということでボランティアの人が案内してくれた、機械遺産についての裏話も聞かせてもらい面白かった、




この認定証を発行するのは社団法人 日本機械学会というところらしい多分どこかの省のお役人さんが何人か在籍しているのかな?

これだけのものを維持管理するには莫大な「人、物、金」が必要なようです。









シリーズ 機械遺産 第5号<ロータリーエンジン>


シリーズ 機械遺産 第5号



<ロータリーエンジン>


「部下がついてくるかどうかは、

               リーダーが苦しんだ量に比例する」

(プロジェクトX リーダーたちの言葉より)

この言葉はロータリーエンジン研究部開発部長の山本健一の言葉です、

レシプロエンジンはピストンを上下して動力を得るが、ロータリーエンジンは回転運動をさせて動力を得る小型だが驚異的なパワーを生み出すことができるエンジンのようです。

しかし世界初のロータリーエンジン開発ということでエンジン内のオイル漏れや低回転になると振動が発生するなど多くの問題点をかかえ開発は大変だったようです。

ロータリーエンジンも2007年に「機械遺産」に認定されNHKのプロジェクトXでも紹介された。



シリーズ 機械遺産 第6号<ホンダ CVCCエンジン>


シリーズ 機械遺産 第6号



 

<ホンダ CVCCエンジン>




「一人の天才がいたって駄目だ。
    凡人でも力を合わせれば
                 必ず成功できる」
(プロジェクトX りーダーたちの言葉より)


ホンダCVCCエンジン開発リーダー 久米是志の言葉です、

ホンダCVCCエンジンは、米国マスキー法排出ガス規制(5年以内に排気ガスを5分の1にする)を、世界で初めてクリアしたエンジンで2007年に「機械遺産」に認定された、

またNHKテレビプロジェクトXでも制作秘話が紹介された。



未来技術遺産 <依佐美送信所>

 
未来技術遺産




来技術遺産とは、平成20年10月に国立科学博物館が設立した、次世代に継承すべき重要な意義を持つ日本の科学技術遺産を登録する『重要科学技術史資料登録制度』のことで第1回目は23件が選ばれた。(コピペ)

ちなみに「未来技術遺産」には「依佐美送信所送信装置一式」「電子式卓上計算機 カシオミニ 」「VHS方式家庭用ビデオ」そしてはじめての純国産ロケットの「H-2Uロケット7号機」など23件が認定されているようです。

依佐美送信所は昭和4年に建設され長波によるヨーロッパへの送信を日本で初めて行った、当時は世界最大の無線送信施設で外交や通商が飛躍的に向上したようです。

その後第二次世界大戦後の米軍に接収され、潜水艦との無線通信などに使用され平成6年に日本に返還され、その後鉄塔と送信所の建物は解体された。

その後2007年には「高周波発電機」は機械遺産に2008年には送信施設一式が未来技術遺産に認定された。


(ジャイブさんがMPGで撮影した鉄塔のレプリカと送信所記念館、高度は100m位かな?)


鉄塔の高さは250mで8本建っていた、送信所記念館の前には高さ25mの10分の1の鉄塔のレプリカが建てられている。


10分の1の鉄塔レプリカ  と記念館

記念館の内部は当時の送信所と同じように再現されており、


機械遺産の「高周波発

電機」も展示されている。

ちなみに「機械遺産」とは2007年6月に日本機械学会の設立110周年を記念して設けられた制度で、国内の機械の中でも特に、我々の生活に大きな影響を与えた機械・機器、関連システム、工場、設計仕様書、教科書などを記念物として認定するものである。

「機械遺産」の選定基準は、社会発展に貢献した機械であること、現存していて実際に動かせる状態であることで認定後は、企業などが所有を継続できなくなった場合に、国立科学博物館や地方公共団体への移管の仲介を行い、遺産の処分や散逸を防ぐとしている。
(コピペ)

「機械遺産」には「ホンダのCVCCエンジン」、「東海道新幹線0系電動客車」「YS-11旅客機」など2008年度までで31件が認定されているようで向こう10年間で100件程認定する予定のようです。

送信所記念館の内部
  現在の無線送信施設

に比べると数百、数千倍の規模だということが理解できると思う。


解体中の鉄塔 (送信所記念館掲示板より転載)

最上部より切断して尺取り虫のようなクレーンで解体した鉄塔を降ろしながら解体していた、良く仕事をさぼって解体作業を見に行った事を思い出す。

解体の方法も2種類あり上部から解体する方法と下部から解体する方法があったが、下部から解体する方法は解体途中で鉄塔が倒れてしまう事故があり1回でやめてしまった、幸いけが人が出なかったが、この方法が一番早く解体できたようです。

NHKの中継車 依佐美送信所の性能とこの中継車の性能ではこの中継車のほうが、はるかに性能がいいかもしれない?



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